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福島からラブフォーニッポン

  • 2013年2月24日
  • 読了時間: 4分

福島に通っています

珍しく沿岸部でも雪が積もり厳しい寒さをむかえています

震災直後たくさんの皆さんから頂いた物資を持って何度も通った常磐道ですが

当時はかなりのでこぼこ道だったのが、今ではすっかりきれいになり

交通網の復興の早さを感じます




ただ原発から30キロ近くになると


未だ警戒区域などのサインがあらわれます


これはこれまでの”震災”というものではなく


今でも


かわらず原発は事故の途中であり


なんら終わってはいない事をみせつけられます


朝方は多くの車が通り渋滞にもなるこの先に原発で働く人々が集まりますが広野町の道路標識には、はるか遠い東京の文字があらわれます



東京に供給する電力をつくっていた人々は


すむ町を失い、いまでは危険なその場所にあらたな仕事をしに向かいます


広野の町から久ノ浜に向かい

みんな元気な浜風商店街に立ち寄りました



今回はSARAYAさんからいただいたアルコール消毒やマスクなどをお届けしました


皆さん喜んでくださり笑顔でたくさん記念撮影などおこないましたここではまたお茶やお菓子などごちそうになりみんな集まってくれて新たな今の現状をつたえてくれました



その後は雪が深い船引などを抜けて仲通りに入り,福島県庁へ


県庁でも現状をお聞きしつつ、3・11の追悼式典の打ち合わせなどさせてもらいました


福島市文化センターでおこなわれる追悼式典イベントにラブフォーニッポンとしてもキャンドルナイトをおこなうなどして


協力させてもらえたらと現在検討しています



雪が多く積もる福島で震災直後と変わらず行き来する中で変化した事は放射能数値を計らなくなったことです

この多くの雪はどれだけさまざまなものを含みこの福島の大地に落ちてきているのだろうか

またはまったく数値など出ずに大地をきれいにしてくれるのかと考えはするものの

数値を計る事よりも、写真を撮る事よりも

何よりここで暮らす人々と少しでも多くの交流を優先していることが、

きっと震災からここまでの自分のなかでの進化であり

笑顔で迎えてくれる人々がいることが進化したことだと思います


みなさんのご寄付で活動が続けられています


がみなさんから託される物資を目に見えない人に手渡すのでなく見える人に手渡し、

交流が生まれその先にこうして笑顔で迎えてくれる関係が出来上がってきています


避難している方々はテレビカメラがむけられたら言えない事も

また、たとえそこでカメラに対して言えたとしても、実際にはカットされてしまうような事も

自分には伝えてくれる確かな関係が構築されつつあります


未だ”絆”というにはほど遠いですが様々な状況の福島の人々と繋がる事が出来ています

またその人たちがあらたな人たちを紹介してくれその町の状況を聞く事が出来ます

決して業務的なことはなく信頼が信頼を呼びたしかな絆の一歩が始まります

最近では福島市に多く避難されている浪江町のみなさんとの交流がはじまりました



震災当時町民の多くが数値の高い場所に避難してしまい

そこからまた転々と避難を続け、

ようやくここに落ち着いた人々です

「5~6カ所を移り住み,その度に子供達がいじめられたからもう移動はしたくないんです」

そんなことをここのお母さんは話してくれます

また「小さな子供はまだ放射能検査の診察が暴れたりしてできないから

4歳になったら連れてきて!といわれ

それはちょっとおかしいのでは?と言うと

「じゃあお母さんも一緒に行動してたわけだから、お母さんを検査するでいいんじゃないですか!」と言われた

大人と幼児では違うでしょうと誰もが思う事でもここでは何かがくるっているんです」という話も聞きました




ここにはあらためて3/3に仲間達と一緒にイベントをしに行きたいと思っています

訪れた日は編み物教室など開かれていましたが、

みなさん楽しそうに過ごしていました

そのさなかにこういったお話を聞くわけですが

楽しそうにしているひとりひとりそれぞれ過酷な問題があることを想像するとやるせなくもなります



自分に出来る事は東京の人間としてひとつでも多くの問題を聞く事であり

まだなんとか被災地を,被災者を救いたいと思う人たちの間に立ち

確実にその想いや物資を届け、またそこに生まれている問題を持ち帰り

伝達することであり想いや物資、ひとつひとつが喜びとしての瞬間を作り出し

生きる事への勇気となれたり人と繋がる事への喜びとなれるようにこれからも繋ぎ続けたいと思います


東北の被災地を支援することであればラブフォー東北であればいいと思います

この体験したことがない、津波被害と原発事故から学び

あらためてこの日本が生まれ変わり

すべての出来事に感謝できる日を迎えられるようになりたいとラブフォーニッポンとしました

東北から帰る高速ひとつの旅を終え、東京の風景になじむときにいつも考えます

どうぞみなさんこれからもよろしくおねがいします

CandleJUNE










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