ラブフォーニッポン現地活動報告 新潟から福島へ
- 2022年12月25日
- 読了時間: 6分

ラブフォーニッポンなみなさまへ
現地活動報告させてください
令和4年8月豪雨被害地域にたいして
新潟LFNチームがベースとなり
泥出しや炊き出し、物資提供などをおこなっています
8月の終わりに現地活動をおこなってきました
2011年3月11日以降より各地の災害地域に対して
つねに燕三条のLFNチームは適材適所な物資提供を続けてくれています
今回の災害では各地で多数の被害がでていましたが
関川村への支援を進めました
湯沢町という温泉地があるのですが
地域の入り口の道路が発災直後崩壊していたことから
支援が入ることができない大変な場所となっていました
新潟チームはその時から物資提供をスタートして、地域の方々と繋がりを持ち、
その後の泥出しや炊き出しなどを続けていました
昼過ぎまでは関川村で泥出しや炊き出し、そして物資提供をおこなってきました
当初から関川村の水害被害が大変だった地域でも物資提供をおこなっていましたが
中心となって物資提供を手伝ってくれていた家族がいます
そこの子供が使っていたピアノが水没して使えなくなってしまい悲しんでいました
各方面にピアノを提供いただけないか打診したのですが
学校や幼稚園などの施設への提供であれば、、、と。
個人への支援というところでなかなかピアノを手に入れる事が叶いませんでした
ですがそれを聞いた福島の高校生ヒューマンビートボクサーHYSくんが
「僕が使っていたキーボードでよかったらぜひ使ってもらいたい」と名乗り出てくれました
そしてこの日福島理事たちがその思いを叶えるために
HYSくんとキーボードを乗せて関川村入りしてくれました
湯沢町の皆さんのところで泥出し作業と物資提供
そしてお昼ご飯をみんなでいただき、
夕方からはサプライズキーボードプレゼントとなりました
この日はハイスタンダードの難波さんや福島出身アーティストの片平里菜さんも泥出し作業から手伝ってくれていて
キーボードをプレゼントする際も歌のプレゼントもしてくださいました
HYSくんは福島県いわき市久ノ浜で
当時幼稚園卒園というタイミングで東日本大震災に遭いました
そこの幼稚園のほとんどの家族が避難しており
4名ほどしかいないことから
卒園パーティがひらかれなかったので
ラブフォーニッポンが卒園パーティを開催した時からのご縁です
もうずいぶん長い付き合いになっていますが
こうして支援する側としていっしょに活動をしてくれるようになりました
キーボードを受けとった小学生の女の子はとても喜んでくれていました
キーボードを提供したHYSくんもとても喜んでいました
なにより難波さんの歌をきいて涙するお母さんと
その肩をやさしく抱くお父さん達のほうが印象的でした
後日「前は大きなピアノだったけどキーボードになったから
持ち運べて部屋でもできるから以前よりもたくさん弾くようになりました」
とお父さんから連絡をもらいました
そしてこの日はこれで終わらずにそのまま福島県双葉町へ移動しました
原発事故から11年が経過した今8月31日の夜0時に双葉町の帰町宣言です
JR双葉町駅前では「おかえりプロジェクト」というセレモニーが
住民の手によっておこなわれていました
こちらにこれまで各地で灯し続けてきたキャンドル達を並べました
穏やかな天気でたくさんのキャンドルはそこに集まったみなさんが手伝ってくれて
あたたかい光を放っていました
嬉しかったことがたくさんの1日でした
双葉町出身でありこれから双葉町に戻ろうと頑張っている映像ディレクターと
東京から寝ずに新潟から福島まで旅をしたこと
双葉町長はじめ復興庁や経産省、役場職員や企業の方々、LFNのメンバーそこにいるすべての人が
汚れることも気にせずに一生懸命キャンドルを並べ灯してくれたことです
双葉町を想い続けてきた人たち苦渋の決断や差別、
同じ住民からのクレーム対応、風評被害、帰町宣言をしたからといって問題が解決するわけではないですが
それでもこの一歩を進めることに喜びを感じている人たち
みなさんと一緒に灯すことができたことが何より嬉しかったです
そしてそこには新潟の水害地域のみんなの想いもいっしょに灯しました
私自身の話ですが
2011年発災当時うちの会社にはたくさんのスタッフがいて福島出身も数名いました
なかでも双葉町出身者のスタッフは本当に自分以上に現地のことを考え
あらゆるアクションを頑張ってくれていました
わたしは福島出身でもないですし
なんの縁もなかったのですが
こういったスタッフがいたことから自分ごとになっている部分もあったかと思います
その彼も様々なアクションをしていく中で縦割りな支援のあり方や
お互いの主義主張でぶつかる様や利権絡みで進まないアクションなどと対峙しすぎて
落胆する時が多くありました
ある日
「キャンドルを灯したからといって復興できるわけではない」
話の中でこんなことを言われました
その時確かにわたしこそが痛感していることでもあったのでなにも言えませんでした
それまではスタッフ達に偉そうに振る舞っていた自分も
自分自身の無力さを痛感していたので何も言えない日々でした
あれから11年それでも自分の出来ることをおこない
すこしでもその出来ることを増やし続けてきた活動が今につながりました
たくさんの人が灯してくれている様子を見て
一人で福島の行き来をする車の中で何度も悔しい想いや、やるせない気持ちになったときの数だけ
灯っているようにも思えました
たくさんのキャンドルを灯したからといって復興するわけではないのですが
灯し続けてきたからこそ今の繋がりがある
だからもっとこの光を多くの人たちにも届けそれぞれの光をここに集めることができたらと思いました
関川村湯沢町では最近にも「いっしょにご飯しましょう!」の会を開き
地域のみなさんと楽しい時間を過ごしつつ
復興過程の状況を教えてもらいました
双葉町ではシンポジウムを開催したり
現地ツアーを環境省さんとおこなったりと具体的なアクションも増えてきています
発災当時多くの人が「できることで支援しよう」と言っていたと記憶しています
でも原発事故からの復興という大きな出来事には出来る事は少ないとわかりました
それでもだれかのせいにして終わりにできないのは現地の人たちと繋がったからです
どこかの国の話であれば
だれかのせいにして終わりでもいいかもしれませんが
自分にたくさんの学びをあたえてくれて受け入れてくれ
手を差し伸べてくれる人たちの日々の健全な暮らしを取り戻すことは諦めることはできません
わたしにできないことはできる人とつながり一緒におこなえばいい
そう願っています
どうぞみなさま
これからもラブフォーニッポンをよろしくおねがいいたします
一般社団法人 LOVE FOR NIPPON 代表
CANDLE JUNE
こちらから活動の様子がみれます
お時間あるときにぜひ
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